アラカルト

  • 全ての始まり
    コメを生むイネとはどんな植物か?

      イネ科植物と人類

      21世紀の現在、地球60億人の胃袋を支えている植物、表現を変えれば農作物の主人公である植物・・・それは「イネ科植物」と言っていい。所謂「世界の3大農作物」。

      それは小麦、トウモロコシ、コメ。この3大作物は別名「6億t作物」とも呼ばれている。

      現生人類=ホモ・サピエンスが今から約5万年前にアフリカの大地を出て地球上のあらゆる場所に進出(=出アフリカ)して以降、長い狩猟採集生活を経て適地に定着~今に至る「文明」なるものを生み出すに至った契機は1万年前の農耕の開始だった。

      ホモ・サピエンスは、定住した地で各々がその土地における「栽培に適した野生植物」を選び出し~それを採集~その後は選抜・品種改良・栽培に進み、農作物として確立した。メソポタミアでは小麦、大麦。長江流域やインドではイネ。黄河流域ではキビ、ヒエ。アフリカではモロコシ、シコクビエ。中米ではトウモロコシ。これらの全てが見事にイネ科植物である。我々に最も身近な小麦・イネ・トウモロコシ以外にも、雑穀類のアワ、ハトムギ、ライムギ、エンバク等を含めた多様なイネ科植物は、今でも世界各地で利用されている。(これにジャガイモ、タロイモ、サツマイモ、タロイモ、キャッサバ、バナナ、ヤムイモ等の多様なイモ系の食文化が加わっていた)

      イネ科イネ属の植物から栽培農作物へ

      イネ科イネ属の植物は知られているだけでも23種77系統が知られている。

      属名はオリザ。オリザとはラテン語でイネを意味する。そのオリザには23種が知られるが、「栽培イネ」は2種に過ぎない。後は全てが「野生稲」である。栽培イネ2種は、①アジア栽培イネ(オリザ・サティバ:サティバは栽培の意)、②アフリカ栽培イネ(オリザ・グラベリマ)である。アフリカイネは今でも西アフリカで局地的に作られているが、近年はアジアイネへの転換や、アジアイネとの交配種の栽培が増えている。栽培イネの祖先種とされているのは「オリザ・ルフィポゴン」と「オリザ・ニバラ」であり、その遺伝子中心は長江流域~雲南省~インド・アッサムのエリアとされている。

      オリザ属は気候や水没の有無への環境適応、1年生型・多年生型の変異が多様で、交雑が頻繁。その結果、栽培イネから遺伝子の浸透を受けていない野生個体群はインド・インドシナの山岳地帯に僅かに残るに過ぎない。野生稲は瀕死状態にある。

      アジア型栽培イネについて

      現在、アジアイネは世界中で栽培され、「イネと言えばアジアイネを指す」のが普通である。さて、「オリザ・サティバの話」は・・・ここでやっと日本列島に近づいて来る。

      本コラムのシリーズ別稿でも触れているが、アジアイネは大きく分類すると「短粒種で耐冷性の高いジャポニカ」と、「長粒種の耐冷性の低いインディカ」の2系統がある。(更に詳しく述べれば、ジャポニカ系統を更に「温帯島嶼型」と、「熱帯島嶼型のジャバニカ種=ジャワ型」に分類する研究者もいる。)

      現在、日本列島で栽培されているのは、全てが「温帯島嶼型のジャポニカ」だが、縄文時代後期に始まったとされる日本のイネ栽培の初期段階では「熱帯ジャバニカ」が含まれていた、とする説もある。これは今後の発掘調査によって判明していくだろう。

      アジアにおける米粉の利用~日本の現状

      日本では、ジャポニカ(ウルチ&モチ)を、粒食(飯米)以外の伝統的な米粉=和菓子や煎餅etc.に利用してきたが、小麦粉に匹敵するような麺類等への利用は稀だった。

      一方、アジア各地ではインディカを中心に麺類への利用が盛んに進み、今も食文化の中に定着している。フォーやライス・ペーパー等、米粉の利用量も格段に多い。

      アジアにおける米粉を使用した代表的な麺類etc.を紹介すると・・・

      A.「ビーフン」・・・粳米を製粉→水と混ぜ(団子状にし)→(練る、延ばす工程もアリ)→蒸した後に細い穴から押し出し→麺にして乾燥させる。熱湯で戻して食する。中国南部では広く食される。日本での普及は?(国内メーカー:ケンミン食品等)

      B.「フォー」・・・米(粳米)を水に浸漬→挽いてペースト状→熱した金属板に薄く流し(クレープ状)→固まった後に裁断し麺に加工。形状はきしめん似。ベトナムでは高級レストランから屋台にまで普及。生麺が主体だが乾麺も。(ユウキ食品等)

      C.「ライス・ペーパー」・・・粳米の粉を水に漬けドロドロにして蒸す。後に広げて天日乾燥する。水で湿らせて素材を包んで食す。麺状のものはライス・スティックも。

      これらはほぼ全てがインディカ米を素材として作られる、広義の“米粉パスタ”。現在、ジャポニカ由来の国産米粉、とりわけ「新規用途米粉」と呼ばれる微細米粉の用途はパン類の他、麺類としてはウドン、ラーメン系がある。日本国内でも商品化されているビーフン、フォー、ライス・ペーパーの消費拡大、もしくは大量消費されているカップ・ヌードルや、インスタント・袋ラーメンへの米粉導入は・・・残念だが進んでいない。

      その原因が食感や色、スープとの絡み具合etc.に関する消費者側の選択(不選択)にあるのか?(食文化は極めて保守的なので) それとも単なる価格の問題なのか?(=国産米粉と輸入小麦粉の価格格差)、インディカ米の米粉~製麺過程における成分上の卓越性なのか? これは興味深い話題であるので、今後も追跡してみたい。

  • インディカとジャポニカ
    日本のコメのルーツ?

      26年前の平成米騒動~インディカとジャポニカ

      自然科学は宇宙・地球・生命の歴史、人文・社会科学は人間・社会の歴史。つまる処、歴史を抜きにして世界を知る事は不可能・・・「人の叡智は全て自然と言う名の古文書を紐解く作業」とは、東大で惑星科学の教鞭をとった松井孝典博士の言葉である。

      今から26年前、1993年は東北大冷害による大凶作の年であった。国産米だけでは国内需要に応えられず、政府はアジア各地から米を買い、緊急輸入に踏み切った。
      そこで日本人は、「日頃食べ慣れた米以外の米が世界のコメの標準」であり、我々のコメは特殊な米=ジャポニカ、一方でアジアの主流はインディカである事を実感した。

      2種類の米の見た目、インディカ米とジャポニカ米は一目瞭然に形態が異なっていた。一方は細長く(長粒種)、我々の日本のコメはズングリと丸い(短粒種)。食味や食感の違いも大きかった。たぶんデンプンやタンパク質の構成も違っているのだろう。

      我々の日々の食卓上に当然の様に存在する「白米・米飯」であるが、米という穀物を生み出す作物=イネとは一体何モノであって、どこから来たモノなのだろうか?今回はインディカとジャポニカを通して米の栽培と伝播の歴史に触れてみたい。

      イネという植物の遺伝子中心・・・ジャポニカとインディカ

      歴史を遡れば、野菜も穀物も果実も含めて、今我々が栽培している植物の全ては、かつては山野に自生する「野生種」であった。地球上の高等植物全体30万種の中で人が興味を持った食用植物は3000種程度、栽培の対象となったのは僅か150種・・・

      そして重要なのは、各々の植物には、各々の種(しゅ)が発生して原種として定着したルーツとなる地域があるという点だ。そのエリアでは今も農作物・栽培種に近似した野生種が豊富で、植物学・遺伝学・育種etc.農学の研究フィールドになっている。研究者たちはこの地域を「○○の遺伝子中心」と呼ぶ。○○には野菜等の名が入る。現代では代表的な作物についての「植物的な遺伝子中心」はほぼ解明されている。

      トマトやジャガイモは南米・アンデス地方、トウモロコシは中米、アブラナ科の多くは地中海沿岸、小麦はチグリス・ユーフラテスの肥沃な三日月地帯・・・という風に。
      では、米(=イネ科植物)のルーツを生み出した遺伝子中心はどこにあるのか?

      アジア各地には多くの野生稲が今も山野・路傍に生きている。だが、遺伝子中心に関しては長く「インドのアッサム地方から中国南部の雲南省を結ぶ一帯」とされてきた。
      それが近年のDNA解析や古代遺跡の発掘調査によって移動した。現在ではイネの野生種の原産地は長江(=揚子江)流域、中国・湖南省周辺との説が主流なようだ。

      優良な野生稲から選抜・品種改良が進み、まずはジャポニカの系統が誕生したとされる。その後、一部がインドや東南アジアに伝播し、異なる野生種との交配を重ねた結果、インディカの系統が生まれたとされる。時代は今から約1万年前。伝播先の気候から耐冷性の温帯ジャポニカ、熱帯性のインディカの特徴も生じた。以来、インディカとジャポニカは異なる地域で異なる道を歩み、形態も食味も大きく隔たった。インディカの特徴は細長い長粒形であり、デンプン中のアミロースの含有量が多くて粘り気が少ない。この点が日本人好みのジャポニカの食味と折り合いが悪かったとされる。

      とは言え、世界のコメ生産の80%はインディカ。インド、バングラディッシュ、タイ、インドネシアにかけての南アジア~東南アジアでは今も主食の柱である。白米単品では食さず、カレーやガパオ等の汁モノ料理、米粉~麺のビーフンやライスペーパーetc.インディカ米の特徴を生かした調理方法を開拓し、食生活を豊かなものにしている。

      日本への伝播ルートと時期について

      残念ながら日本列島に「野生稲」は存在しない。アジアで野生種から栽培種が育成され、農業に利用されるようになった後に「渡来人によって持ち込まれた」と言うのが歴史の語る物語である。伝播ルートと時期については、植物学・農学・遺伝学・民族学・考古学etc.様々な分野の研究者が解明に挑んでいるが「定説」には至っていない。

      代表的な3つの説・・・①長江流域から九州北部への伝播 ②長江流域から朝鮮半島を経ての伝播 ③南方(東南アジア、島嶼部も含む)から「海の道」(黒潮ルート)での伝播・・・が有力とされる。時期についても明確な結論は出ていないが、縄文時代の後期(3500年前)には自然地形を生かした粗放な陸稲的栽培が始まり、弥生時代には水利施設を備えた水稲中心の計画的な水田稲作が行われていたとされる。

      日本の稲作、米、米粉

      自ら「瑞穂の国」と呼び、ジャポニカの名も得たのだが、日本人のコメ消費量は減少の一途である。その一因に「輸入小麦~小麦粉~麺類・パン類の肥大化」がある。伝統的には和菓子等、米粉の食文化もあるのだが、アジアの米粉利用に比べると貧弱である。アジアから得たジャポニカ米を農学分野の科学技術で大いに発展させた日本だが、米粉の利用に関しては今一度、アジアの食文化に学ぶのも良いかもしれない。

  • ウルチ(粳)とモチ(糯)
    コメと米粉の多様性

      26年前の平成米騒動~インディカとジャポニカ

      先回はインディカとジャポニカについて、その違いをルーツと伝播を通して紹介した。今回は日本の米=ジャポニカ内部に存在する2種類の系統について調べてみたい。

      ジャポニカに2種類の米?とは奇妙な設定と思うかもしれない。事実、「品種」から見れば有名なコシヒカリ、ササニシキ、ハエヌキetc.全国各地には高級なブランド米からエコノミーな銘柄まで、実に多様な「品種」で溢れているからだ。スーパーの米売り場では迷うぐらいである。ただ、こうした「品種」の味や食感の違いとは別に、もっと大きな区別がある。

      日常生活で炊飯して食べる白米、これらは「品種」に関わらず「ウルチ(粳米)」。一方、正月に食べる「お餅」は米を蒸した後に搗いたモノ。その原料は「モチ(糯米)」である。赤飯やオコワは蒸したままのモチ米(糯米)を素材としている。「日常のウルチと晴れのモチ」・・・これが日本の歳時記を代表する食文化となっている。

      ウルチ(粳米)とモチ(糯米)はどこが違う?

      米の食用部分の主成分はデンプンだが、一概にデンプンと言っても分子構造の違いからアミロースとアミロペクチンに分けられる。米の食感はこの2種のデンプンの含有量によって大きく異なってくる。例えばアミロースの含有が少ない米は加熱後に柔らかくモチモチした食感に、逆にアミロースの含有が多い米はパサパサとした食感に。

      通常の(ウルチ系の米)は約20%のアミロースを含んでいる。ところが、アミロースの含有量が0%で、アミロペクチン100%の米もある。これが、我々が言う所のモチ米(糯米)である。日本の食文化ではアミロース含有量の低い米を「美味しい」と感じる傾向がある。事実、ブランド米(良食味米)の品種の多くに、品種交配で「モチ系の品種」の遺伝子が導入され、ウルチ米にも若干のモチ感が添加さている。

      モチの系統は米にだけあるものなのか?

      稲だけでなくアワ、キビ、トウモロコシ、オオムギ、ハトムギetc.にもモチ系の特質が見つかっている。だが、これらの作物は世界中で栽培されているにも関わらず、アジアの照葉樹林文化圏に限って存在する。日本列島も西半分が照葉樹林文化圏である。

      米粉にもウルチ(粳)とモチ(糯)の違いがある

      以上、日常に炊いて粒で食べる普通の米(ウルチ系)とモチ米について概観した。だが、米には製粉した後に様々に加工する、「米粉」の世界も大きく広がっている。

      日本の米粉文化は主に和菓子の領域で発展してきた。ここで代表的な米粉の名称とその利用方法について紹介したい。和菓子好きの人や茶道に関わる人にとっては馴染みもあろうが、一般の我々にしてみれば知らない事ばかりの世界である。

      A.上新粉(ウルチ)

      B.白玉粉(モチ)

      糯米を精米→水に浸漬し(柔らかくし)→水ごとすり潰す。後、水に晒して圧縮脱水。塊を細かく削り、乾燥機で温風乾燥する。茹でると弾力と柔らかさが混在した食感に。餅とは異なる風味・・・和菓子のギュウヒ白玉団子etc.

      ※ モチ粉(モチ)

      糯米を精米・製粉。原料は同じだが白玉粉とは異なり浸漬・晒しの工程がない。大福etc.和菓子材料。白玉粉より安価。「餅:モチ」製造の場合、糯米からより簡易となる。

      C.しんびき(モチ)

      糯米を蒸し→乾燥→砕いて砂煎り(砂を加えると熱が平均的に伝わるから)。和菓子らくがんetc./料理で揚げ物の衣に使用「みじん粉」と呼ぶ地方も。

      ※ みじん粉(モチ)=寒梅粉

      糯米を蒸すor煎って(熱を加えて)アルファ―化した後に製粉する。寒梅粉とも呼ぶ。和菓子一般の材料・・・らくがんetc./家具類・木製品の糊(接着剤)としても使用!

      D.「氷餅(モチ)」

      ・・・糯米を水に浸漬→水ごと石臼で挽き→煮た後に容器に入れる。冷えて固まったら切断して寒気に晒して乾燥させる。(シミ餅:フリーズドライ的?)もみほぐして砂糖を加え湯に溶いて葛湯的に食べる昔は母乳の代替に利用

      E.「糒:ほしいい」、「道明寺」(ウルチ&モチ)

      粳or糯米を蒸し・乾燥(アルファ―米)→保存性を高めた旅の携帯食・軍用米。「道明寺」は糯米を蒸し強飯に→乾燥させ粉砕。桜餅おはぎ揚げ物の衣etc.お湯ですぐに戻る・・・災害時の備蓄食料~緊急食糧、アウトドア・登山食糧etc.氷餅と道明寺(糒:ほしいい)は災害やアウトドアetc.新用途の可能性を感じさせる。

  • 温故知新・製粉の技術史① 
    米に挽く技の変遷

      チンパンジーも砕き、粉も食べる

      BBCの科学ドキュメンタリー番組でアフリカのチンパンジーが石等の土台の上に殻のある果実を置き、それを手に持った石で打ち砕いて食べるシーンを見た記憶がある。

      木の実の硬い殻は見事に破壊され、柔らかくて美味しい実の部分が露出した。チンパンジーはそれを美味そうに食べる・・・大きなカケラは当然、小さなカケラも大切に、粉になった微細な部分さえも・・・「穀実を砕く」という作業は外側にある硬い面倒な部分を壊すだけでなく、原初的な「製粉」への第一歩を踏み出している様に思えた。つまり、今回のテーマは製粉の科学技術史である。ただし、我々人間の・・・

      歴史に残る製粉の道具・・・穀実を挽く技術の発展

      チンパンジーだけでなく、人類も又自然界から採集した野生植物の穀実を、平板な石の上に置き、それを石で叩いて胚乳を取り出し、粉にして食べていた。今から5000年前のエジプトで「サドルカーン」が発明された。その後、2枚の石の円盤を上下に重ね、上下の円盤の中心を貫く軸棒の周りに回転させ、2枚の石の円盤の間に入れた穀実を粉にする仕組みが考え出された。この技術は「ロータリーカーン」と呼ばれるが、察しの良い読者の想定通り、「石臼」である。

      「ロータリーカーン(石臼)」はローマ帝国で改良を重ねられ、石臼を回転させる動力に関しても人力→畜力→水力→風力と大型化し、「製粉装置」が完成した。原理の単純さと手に入り易い石・・・日本を含め、石臼は今も世界中で現役選手だ。

      産業革命後の製粉技術

      18世紀のイギリス産業革命は、「ロールミル」の誕生である。2本の長い金属ロールに溝を刻み、各々を反対方向に回転させ、ロールの隙間に入れた穀実(この時代ではほぼ小麦)を金属ロール間の摺動(=擂り潰す動き)で効率的に製粉する。

      その後、「ロールミル」は近現代の科学技術の発展と連動しながら改良を重ねられ、先進国・途上国の区別なく、大企業・中小企業の区別なく、小麦粉・米粉・そば粉etc.の素材に区別なく、今も世界中の製粉工場で使われ、我々の食卓を支えている。ロールミル以降の更なる製粉技術の発達については、本シリーズの②で展開したい。

  • 温故知新・製粉の技術史② 
    最先端の製粉技術

      製粉の技術発展史・・・産業革命までの復習

      5000年前のエジプトで石皿の上に穀実を載せ、これを棒状の石柱で前後に動かし圧して穀実を擂り潰す技術「サドルカーン」が発明され、次いでローマ帝国では「石臼=ロータリーカーン」が改良を重ねられた。更に産業革命の時代のイギリスで金属製の「ロールミル」が登場・・・製粉技術は多様なスタイルを生み出して行く。

      皆さんも日本の水車小屋の内部でガタゴトと木製の装置が動いているのを見た事があるだろう。水車を使って水の位置エネルギーを回転運動に変換し、更に回転の動きを杵の上下運動に変換する。杵がやっている仕事は・・・米粉・小麦粉・そば粉etc.の製粉である。この仕組みを「胴搗:どうづき(スタンプミル)」と呼ぶ。簡単に言えば、原料(米etc.)を臼に入れて杵で搗く訳だが、熱が発生せず良質な製粉が可能であるとして、今も穀粉メーカーで使用されている。(規模は水車小屋の比ではないが)

       

      現代の様々な高度技術

      装置内の製粉室には高速に回転する円盤がある。円盤には角柱状の複数の突起が設置され、製粉室内では回転盤が米etc.の原料と激しく衝突し、製粉を行う。異なる表現をすれば・・・円筒内で高速回転する棒を使って原料を粉砕・製粉する。(作業効率高い)この仕組みは「衝撃式ピンミル(高速度衝撃法)」と呼ばれている。

      日本の米粉製粉技術が生み出した世界最高峰の新技術

      1991年、研究員江川和徳氏が微細製粉に関する画期的な新技術を開発した。その原理は「自己粉砕方式」・・・製粉室の空気を高速で動かし、原料の米同士、粉同士が衝突して粉体化する。粉砕されて軽くなった米粉は製粉槽内を上昇し、設置されたファンで槽外へ。製粉後の平均粒径は30μm(μは1/100万の単位)と極小。この新技術は「気流粉砕(スーパーパウダーミル)」と呼ばれる。

      伝統的な米粉はパンや麺etc.に使用される小麦粉に比べて粒径が大きく、粒のばらつきも大きかった。だが、「気流粉砕(スパーパウダーミル)」の導入によって小麦粉のレベルを超えた。このブレークスルーが「米粉の小麦粉的な使用」を可能にしている。

  • 「ドウ」から考える
    米粉を含む粉体素材

      お米ヌードルから考える

      まず、米粉等(小麦粉も含む)を水で溶いた生地、「ドウ」が全ての出発点に登場。

      (小麦粉の場合、酵母が付着して発酵し、二酸化炭素を含有してパンの素材となる)
      以下は麺類の製造について・・・①「手延べ法」=「ドウ」を何度も引き延ばして細い麺にする方法。日本の「ソウメン」が知られる。 ②「手打ち法」=「ドウ」を平たく板状に延ばし、包丁etc.で切って麺にする。日本の「手打ちソバやウドン」の技である。③「押し出し法」=「ドウ」を、穴を開けた容器から圧力をかけて押し出す。米粉のビーフンや、春雨(緑豆が原料)が知られる。グルテンを含まない原料だが、熱湯の中に押し出す事で、麺の形状となる。その他、「刀削麺」などの特殊な製麺方法もある。

      余談だが、イタリアのスパゲティを含むパスタ類は「押し出し法」で作られる。イタリアン・パスタはグルテン含有量の多い「デュラム小麦」を原料としているが、16世紀に「機械による押し出し法」が発明され、乾麺パスタの製造が一気に広まった。
      スパゲティ好きの王様のために開発されたのは4本歯のフォークである。更に、グルテンの持つ「特有の強い腰・歯応え」を活かす茹で方が「アルデンテ」。この歯応えは近年、オーストラリア小麦を原料とする「讃岐うどん」に取り入れられて大人気である。

      「ドウ」から生まれる「こなもん世界」

      再び「ドウ」に戻るが、「ドウ」を丸めて蒸すと「饅頭」、具材を包んで蒸すと「包子:パオズ」で、日本の肉マンや餡マンはこれ。「ドウ」を小さく延ばして具材を包めば餃子、焼売、春巻きetc.の点心となる。「こなもん」は関西発の食文化だが・・・「ドウ」に具材を乗せて焼くと「お好み焼き」となり、具を入れて丸めて焼くと「たこ焼き」である。

      「小麦粉のドウ」から「米粉のドウ」へ・・・

      「ドウ」から出発する様々な粉体由来の料理だが、これらは決して小麦粉のみが可能とする料理ではない。全ての領域で米粉は十分に力量を発揮する。食文化は本来、保守的であって「新参者」の侵入を容易には許してくれない。ちょっとした違いが「偽物扱い」の理由になってしまう。今後、新規米粉の微細粉が、「こなもんワールド」にどれだけ食い込めるか・・・関西人の「舌の真贋」が問われる時代がそこまで来ている。

      (「国産米粉の優位性分析」報告書 添付コラム2019年11月08日 by アース・スピリット㈱ 伊藤 修)

  • 粉体工学の視点から見た米粉という素材

      米粉はフラクタル・・・

      Fractal:フラクタルと言うワードを聞いたことがあるだろう。アメリカの数学者マンデルブロートが命名したもので、「どの部分をとっても、全体の縮小であるような構造・図形」の事を言う。しばしば「シダ類の葉の構造」や「ある種の地理的構造」が例に挙がる。

      粉体工学から見た米粉の特性について

      粉体工学は粒子の集合体:粉体の物理特性や測定、操作を扱う工学分野である。(その分野は砂、セメント、コピー機のトナーetc.と幅広いが米粉や小麦粉も含む)「粉体」という言葉を最初に使った人物は明治期の物理学者、寺田寅彦らしい。粉体工学では粉体の形状(外形、表面状態、粒径etc.)、力学特性、粒度分布etc.が課題となる。最も基本的な物性が粒子の大きさ、「粒度(粒径)」である。「粉」と「粒」との境界だが、「粒」は肉眼で識別できる程度の大きさ、数mm~0.1mmの粒度のモノ。一方で粉体は0.1mm~1μmm(原子の大きさの数倍程度)の微粒子を言う。

      「粉体」は本体の「粉の部分」と、空間(空隙)も含めて一つの集合体と考えられる。
      粉体は・・・一つ一つの微粒子は個体なのだが、集合体としてはあたかも流体(液体)の様に振る舞う場合もある。砂時計の砂の落下を考えれば頷ける。「粉体」には液体、固体、気体とは異なる独特の特性が在り、それが製粉工程や素材利用の工程(食品産業等)で様々な問題を発生させる。これは即ち、「米粉の質」にも繋がって来る。

      米粉に限らず、一般的に「粉体」は粒子径が小さくなる程に流動性が低下する。
      と言う事は・・・米粉の製造プラント内で(小麦粉も含む)、正常に粉体が移動せずに閉塞(詰まり)したり、予期しない飛散が発生したりする。この性質は「隣接する小麦粉製造ラインとのコンタミネーション(混交汚染)の危険性」を誘発し、ノングルテン米粉の規定順守やHACCPの指摘する「危険性の把握」にも関係する。又、「発塵性」については作業者の吸引による健康問題や、粉塵爆発(異常な燃焼災害)に対する注意喚起も求められることになる。

      食品としての粉体、米粉

      最新技術による「微細粉の米粉」は、大規模なパン類や麺類製造の「工業プロセス」にも対応する、「厳しい規格と品質管理」が求められ、それを実現した。一方で、食品としてのコメ(精米)は、本来が生物(種子)であり、それを構成するデンプンやタンパクetc.の単なる混合物ではなく、品質や機能を内包する特有の構造を持っている。

      よって米粉食品の加工特性は「米粉の構造」に関係し、「米粉の構造」は「製粉技術」に左右される事になる。米粉はデンプン粒から出来ている。そのデンプン粒は物理構造として結晶部分と非結晶部分を含む。化学的には・・・米粉のデンプンはアミロースとアミロペクチンを含む不均質なモノである(ウルチ米の場合:モチ米はアミロースを含まず、アミロペクチンのみ)。米粉の製粉工程においてパラメーター(目安)とされるのは、「粒度(粒径)」と「デンプンの損傷度(by熱):損傷度は低いほど良質」である。便宜上、物理・化学面でこの2つが製粉工程のパラメーターとして選ばれている。

      こうして、粉体のミクロな世界を覗いた時に得られる構造や相互作用に関する知見は、米粉食品の今後の可能性を切り開く突破口になる可能性を孕んでいる。所謂、「粉体としての米粉の分子論」である。これは、製粉技術が如何に大切な要素かを物語る。

      米粉には「随伴空気」も大切?

      実は、製粉された米粉の表面には膨大な数の微細な穴があいている。この微細孔に入り込んだ空気が粉体=米粉の性質にも影響するらしい。当然、米粉を利用した食品の製造過程でも米粉本体と同時に「この空気」=「随伴空気」が持ち込まれ、食品にも間接的な影響を与えていると考えられる。熱による「デンプン損傷」や「デンプンの糊化」は、米粉の表面が保持する「随伴空気」にも関係しているだろう。

      冒頭で「米粉の構造はフラクタル」と書いたが、粉体としての米粉の多孔質性は・・・
      微細な米粉の壁に開いた微細孔も、分子レベルまでフラクタルであり、どこまで行っても小さな穴があって・・・あたかも相似的に連続している様に見える訳である。

      粉体工学が切り開く、フラクタルな米粉の可能性

      製粉工程は米→粒→粉と、稲の種子を粉砕して微細構造を形成する作業とも言えるだろう。又、米粉食品の様々な特質・機能性は、「食品の化学的成分組成」だけでなく、「物理的&空間的な構造」にも依拠していると考えられる。よって、「米粉の粉体としての性質」を把握するためには、「多孔質の構造」に関する研究も求められる。 今後、パン類・麺類だけでなく、食生活のあらゆる面に米粉が浮上するだろう。その時・・・ちょっとだけ「粉体工学」や「フラクタル」を思い起こすのも「美味しい話」かもしれない。

      (「国産米粉の優位性分析」報告書 添付コラム2019年11月15日 by アース・スピリット㈱ 伊藤 修)

  • デンプンの糊化
    α米とβ米:米粉と熱との微妙な関係

      そもそも、デンプンとは何?

      デンプンは動物のエネルギー源として最も重要な炭水化物。当然、人にとっても・・・
      デンプンを多く含む植物は多い・・・主要作物は米、小麦、トウモロコシ(コーンスターチ)、ジャガイモ、サツマイモ、キャッサバ(タピオカ)、クズ、カタクリ、サゴヤシetc.が挙げられる。デンプンは植物体内では種実、塊茎、塊根などに蓄えられている。

      分子構造的にはグルコースが(糖類)が脱水重合した多糖類で、「直鎖状分子のアミロース」と「枝分かれ状のアミロペクチン」の2種の分子がある。米デンプンはウルチ米では20%がアミロース、残りがアミロペクチン。モチゴメはアミロースが0%である。

      デンプンと熱~糊化とは何か?

      デンプンはアミロースとアミロペクチンが規則正しく並んでいるが構造が強く、常温で水分子はデンプン内に入れない。だが70℃前後に加熱すると、分子運動が活発になり、規則正しい構造の間に水分子が入り込み、水素結合が切れて水と水和~半透明のコロイド状態に移行して粘度が向上する。この現象が「デンプンの糊化」。糊化後が「αデンプン」。(糊化前は「βデンプン」)。糊化した「αデンプン」はアミラーゼ(唾液の酵素)の作用を受け易くなる。人類は米やイモを加熱調理し、デンプンを糊化(α化)して食べてきた。糊化の程度(糊化度)は米飯の食味を左右する要因とされる。

      デンプンの老化、熱損傷とその対策

      加熱されて半透明のコロイド状になったαデンプンを常温に放置すると水素結合が増えて分子が結集し、粘度が低下して元のデンプンに近い状態に。この現象が「デンプンの老化」。これを防ぐために凍結貯蔵、糖の添加、急速乾燥etc.様々な技術が開発された。急速脱水技術は米飯の「α化米」、カップラーメン等にも利用されている。

      米粉原料にはウルチとモチの2種あり、各々に原料米を生のまま製粉した米粉と、熱を加えてα化した米粉の2つがある。製粉方法では「胴搗法(スタンプミル)」は熱が発生せず良質の米粉ができる。最先端の「気流粉砕(パウダーミル)」でも発熱を抑える工夫がなされている。例えば「熱損傷」を受けた米粉でパンを焼いても膨張しない(デンプン破壊で水分の吸着が増す)。米粉の質は原料の違いと製粉手法・加工方法、目指す商品の特性によって様々だが、デンプンと熱との関係は極めて複雑である。

  • 米ゲル?米のゼリー?
    米から新素材が誕生

      冷蔵庫の中にもヒントあり

      自宅の冷蔵庫を掘り返してみた。筆者の手元には2種類の非液体性の食品がある。一つはアミノ酸、クエン酸、ローヤルゼリーetc.を混ぜ合わせた「スポーツ・栄養補給型のゼリー飲料」である。アウトドアで利用出来るように、キャップを取って手で絞り出して摂取するタイプである。二つ目は「塩糀の万能調味料」。これは米・米粉・米糀、酒精(アルコール)、食塩を混合したもの。ゼリー状前の「ドロドロの粘度の濃い液体」と言ったところだ。食べる目的は全く異なるが、容器は近似している。

      調べると・・・調味料の領域ではマヨネーズや醤油etc.を敢えて「ゼリー状(ジェル)」に加工し、「料理にかけるのではなく、乗せる感覚」で人気商品に成長している。

      置きが長くなったが、「広義・米粉の可能性」には、麺類やパン等の小麦領域への参入以外に、全く新しい食感を持ったゼリー状、ゲル状の食品開発も進んでいると聞く。デザートに縁のない筆者にはこうした商品の魅力・・・商品の「物理状態」とそれに由来する「食感・質感」とがいまいちピンとこない。そこで読者のためというよりも、自分のために「この辺りの基礎科学」を整理しようと考えた。高校の物理や化学の授業を思い出しながら薀蓄を手に入れるのも良いだろう。

      ゾルとゲルの基本を知る

      まずゾルだが、「ゾル(Sol)」とは簡単に言えば・・・「粒子が液体中に均一に分散し、流動性を持つ、液体状態のコロイド」とある。「ゾル」との対で語られる「ゲル(Gel)」とは、「液状のコロイド(=ゾル)がゼリー状に固まったモノ」の事を言う。

      両者に跨る新たなキーワード、「コロイド」が出て来た。そこで「コロイド」を調べると・・・
      「微粒子が濁った状態で液体(水等)に分散したモノ」とある。そして、ゾル=半透性の液状のコロイドの内部では「ブラウン運動」が生じている。(「チンダル現象」もある)

      コロイド溶液の溶媒(水等)を「分散媒」、粒子の方を「分散相」と呼ぶ。少し科学的に言えば、分散媒に分散相=粒子が溶け込んだ・・・液状のコロイドを「ゾル」と言う。

      「ゾルタイプの食品」は世界中の食文化で、極一般的な料理としてどこにでも見られる。それは、様々なスープの全てであり、当然、日本の味噌汁も含まれる。牛乳も然り。

      ブラウン運動は身近に観察できる

      牛乳にはタンパク質や脂肪分が、味噌汁椀には味噌やダシの成分が微粒子の濁りとなって漂っている。これらの粒子は不規則な熱運動を行っているが、この動きがゾル=コロイド溶液中の「ブラウン運動」だ。(Brownian motionは1827年、英国の植物学者ブラウン博士が発見した。彼は水中を漂う植物花粉の動きからヒントを得たらしい。

      ブラウン博士はリンネ学会会長や大英博物館の植物学部長としても活躍したらしい)

      身近なゲルを実感する

      さて、ゲルだが・・・液状のゾルと異なり、大量の粒子(分散相)の間に少量の分散媒(水等)が混ざり合い、流動性を失った状態のモノを「ゲル」と呼ぶ。代表例を挙げれば、寒天、ゼラチンetc.。手元にある「スポーツ・栄養補給型のゼリー」は正に「ゲル」。

      一方で「塩糀~万能調味料」の方はゾルとゲルとの中間レベルと言ったところか。

      ゲルからゼリー(=ジュレ)へ

      ここで、もう一つのキーワードは「ゼリー(Jelly:英)」=「ジュレ(Gelee:仏)」である。

      一般的に「ゼリー」とは、寒天、ゼラチン、ペクチンなどの溶液を「ゲル化」した食品を言う。ゲル化に際しては砂糖、牛乳、果汁、生クリーム等を加える。ゼリー(=ジュレ)は滑らかさ、柔らかさ、弾性を有し、料理やデザートとしても人気がある。(携帯食料としても) 寒天やゼラチンを加熱溶解させた液状のゾルを冷やすとゲル化する訳だ

      米と米粉から新素材が生まれている

      農研機構の新技術レポートによれば・・・特殊な米、高アミロース米(品種としてはモミロマン等)を糊化させて高速せん断撹拌すると「米ゲル」が生成されるのだと言う。

      プルプルとしたテクスチャーを持つ「弾性ある米ゲル」を利用すると、柔らかいゼリー、プリン、ムース、クリーム、パイ・・・究極的にはシュークリームのシューとクリームの原料の全てを米に置き換える事も可能になるらしい。ならば、低カロリーで小麦や卵を使用しない「米の新たな菓子」はアレルギーを持つ子供にも福音となるに違いない。

      米ゲル、米ゾルが切り開く世界

      新技術、「ダイレクトGel転換」は所謂「製粉工程」をスキップし、糊化後の高速せん断によって米の新素材を生み出す訳だが・・・素人目にすれば、これも「広義、米粉の発展的な応用」と見えなくもない。近未来では従来の粒食を主体にしつつも、こうした「米ゲル」の各種スイーツ、様々なスープ状の「米ゾル」、「ゾル・ゲルの中間的なモノ」も含めて、米の食材ワールドが一気に広がっているのかもしれない。食卓の多様性が増し、アウトドア食や災害緊急食糧、アレルギー対応食、咀嚼が困難な人に向けた流動食も・・・農研機構の米と米粉に関する新技術開発には今後も大いに注目したい。

  • 奇想天外
    3Dプリンターと米粉が出会う時

      3Dプリンターとは何か?

      PCを使用している人は、たぶんプリンターも使っているだろう。PC内のデータを平面の紙(2次元)にインクジェットで印刷する。一方、3Dプリンターとは3DCADや3DCGのデータを使って立体=3次元の物体を造形する機器である。「立体印刷機」や「三次元造形機」とも呼ばれる。立体化する仕組みは一般に「積層造形方式」であり、ペースト状の素材(樹脂etc.)をデータに従って積み重ねて立体を作り出す。陶器の形を作る時に、ヒモ状にした粘土をグルグルと重ねて立体にして行くイメージである。
      1980年代から研究が本格化し~1990年代に販売を開始・・・当初は機器が高額であったため、医学・医療、建築、機械工学、航空宇宙工学etc.専門分野への利用が多かった。製品のデザイン検証や、新商品のモックアップを製作する場合、1品物を手軽に作る事が出来る。開発中の製品の全体像を把握できるので人気がある。2000年代には価格が下がり、一般家庭でも趣味やDIY工作に使える新たな段階に入った。

      糊化と可塑性の視点から米粉を見ると・・・

      高級和菓子(米粉が原料)を手に取ると、丁寧な細工が施され、あたかも「小さな彫刻」の趣がある。その素材は「上新粉」や「みじん粉」etc.の伝統的な米粉である。米粉は水分吸収が良く、糊化しやすい。水分を多く含む生地はベトつかないので立体形成(塑性形成)がし易い。それが和菓子の細かいデザインに繋がっている。

      一方で可塑性がある。「可塑性」とは「個体が弾性限界を超えて変形する時に、加えた外力を取り去ってもそのままの形が残る性質」とされる。バターや生クリーム、マヨネーズが思い浮かぶが、和菓子の原料の米粉も水分&糊化性によって同様の性質を有し、微妙な細工が保たれる。又、「熱可塑性」という性質もある。加熱すると柔らかくなり、冷却すると硬化する性質だが、構造的に化学変化を伴わない。食品ではチョコレートが代表的だが、米粉を使った柏餅や団子を思い浮かべると実感が湧く。

      米粉が3Dプリンターと出会う時・・・

      これまでも植物性のデンプン(トウモロコシやジャガイモetc.)を使った非プラスチック製の皿・食器類や、ソフトクリームのコーンカップの様に「食べられる容器」はあった。
      だが、米粉を3Dプリンターで加工する技術は2015年以前には想像も出来なかった。
      その背景には3Dプリンターの低下価格化と基本技術の普及がある。その結果、登場したのが「食用原料プリンター」、「フードプリンター」と呼ばれる家庭用機器である。

      3Dプリンターであるからデータに基づいて素材を立体的に構築するのは「積層造形」
      で共通。この場合は、「ペースト状にした米粉」を特殊なノズルから押し出して一層ごとに積み重ね、電子レンジで加熱して固める。つまり、3Dプリンターでコップや皿を形成する時の「造形材料が、たまたま米粉」である技術。この時、使用する米粉は、最先端の気流粉砕方式の製粉機で作った「微細米粉」である。

      今後は食べられる食器類の他、米粉製の「赤ちゃん向け(食べられる)安全な玩具」、楽しいデザインのスイーツetc.も・・・だが、3Dプリンターに相性の良い米粉(ウルチ・モチ/α・β等)の選定や、最適な水分の含有率についての研究が必要とされる。
      更には、食品の安全性や衛生の確保も求められる。慶応大学では既に家電メーカーに呼びかけて商品化を目指している。(慶応大学環境情報学部・田中研究室)

      一方で山形大学・ソフト&ウエットマター工学研究室では、3Dプリンターを活用して様々なゼリー食品の開発に取り組んでいる。
      超高齢社会が到来し、並行して咀嚼・嚥下(そしゃく・えんげ)に障害を持つ人も増加している。現状では「健常者向け」に作った料理を刻んだり(きざみ食)、ミキサーにかけたりして(ミキサー食:ドロドロの形状)食べ易くしているが・・・。心身が不自由な高齢者にとって食事は最大の楽しみの一つ。「形のない料理」は、栄養&カロリー面では充分にしても・・・見た目が悪いだけでなく、高齢者の食欲を減退させる。

      そこで取り組んだのが「3Dゲルプリンター」による「3Dゼリー食品」の開発だった。
      3Dプリンターの特性=「形作り」を活かし、対象者の体調・好み・硬さ・形状・食感の異なるゼリー食品を作り出す。所謂、プライベート&オリジナルなゼリー食品である。

      この技術を使えばゲル化した納豆や、ゲル化した米粉の「ご飯粒やお握り」も可能に。
      原料は健常者の料理と同じモノ、形も3Dプリンターで獲得し、もちろん味も同じ・・・
      対象者によってゼリー食品の硬さ、付着性(ベタつき具合)、凝集性(まとまりやすさ)を変更できる。今後は病院食や介護福祉施設の食事に応用が期待されている。

      米粉と3Dプリンター、今後の課題

      今以上に滑らかな食品を得るためには、米粉の微細化技術の高度化が必要となる。
      同時に、3Dプリンターによって積層・成形される際には、水分が重力で下方に移動し、形状が崩れる場合がある。塑性体加工における「重力による水の移動」を如何に抑えるか・・・今後は、多様な米粉の調合やα米粉の添加etc.の研究が期待されている。

      (「国産米粉の優位性」報告書 添付サイエンス・コラム 2019年10月12日 byアース・スピリット㈱ 伊藤 修)

  • 料理は6味からテクスチャー重視:米粉の特性

      日本が世界に広めた味覚、旨味

      人間が食材から感じる味覚は、「塩味」、「甘味」、「酸味」、「苦味」、「旨味」、「辛味」の6つであると言われている。この中で「旨味」に関しては日本人が築き上げてきた食材処理と調理の技術、加えて生化学分野での日本人研究者の科学的功績が大きい。

      和食では、野菜や魚介類の料理を作る時に肉類や乳製品に比べて素材の味が淡泊なため、塩や醤油に加えて「旨味の出汁」を添加することで料理の味が形作られる。
      一方、「出汁・ダシ」は塩味の緩和剤とも言える。「ダシ」の効いた料理はアミノ酸が豊富な上、塩分を抑えても充分に堪能できるので「健康志向の減塩料理」にも繋がる。

      ダシは・・・昆布のグルタミン酸ナトリウム、鰹節のイノシン酸、シイタケのグアニル酸、貝柱のコハク酸を軸に組み立てられ、これらの「旨味成分」間の相乗作用も科学的に解明されている。例えば昆布のグルタミン酸ナトリウムは鰹節のイノシン酸を加えると増強される。世界では中国の「湯:タン」、フランスのブイヨンやフォンも知られる。

      6味に加えてテクスチャーの登場

      「食べ物の美味い、不味い」は上記6味だけでなく、「料理の温度」や「口当たり」、「歯応え」、「舌触り」、「喉ごし」、「硬軟」にも左右される。これらは「食品の物性」で、「テクスチャー」、「食感」と呼ばれる要素に分類されている。近年は、「食べ物の美味しさは、35%の味(=6味)と、65%のテクスチャーで決まる」とまで言われるようになった。

      米粉食品の持つ、モチモチ食感は・・・

      日本特有のテクスチャーとしては「粘り嗜好性」が挙げられる。所謂、「モチモチ」、「ネバネバ」、「ツルツル」である。トロロ飯、卵かけご飯、ナメコ、ジュンサイ、納豆が代表的。噛まない傾向を持つ。お茶漬け「サラサラ」や蕎麦の「ツルツル」も口当たり重視、「咽ごし感覚」である。

      一方で、米飯でもジャポニカ米は(ウルチ種も)インディカ米に比べて粘りが強く、「モチ」そのものに至っては強力な粘性と弾性が好まれる。これらはヒマラヤ~中国南部~西日本に共通する環境=「照葉樹林文化圏」に共通の嗜好性であるとされる。今、米粉パンが日本各地で人気を得ているが、その魅力は小麦粉パンとは異なるテクスチャーにあるとの意見もある。イタリアン・パスタのアルデンテに影響され、外麦のグルテンが発揮する「歯応え」に占領されたかに見える麺類だが、米粉のテクスチャーを探求する事で、日本人の嗜好性に訴えるチャンスは残っている。「旨味成分」で世界を制覇した日本は、「米粉のモチモチ」でも勢力を拡大する?

      (国産米粉の優位性分析」報告書 添付コラム 2019年11月14日 by アース・スピリット㈱ 伊藤 修)

  • 美味い米も先端の米粉も
    日本の食卓に貢献する新潟県

      日本の食卓を支える“越の国”

      我々の茶碗に入っているご飯は一体、どこから来ているのだろうか?国産である事はほぼ間違いない。だが銘柄が即、生産地とも言えない。だが国の統計を見ると・・・数字は正直である。都道府県ごとの収穫量では圧倒的な存在の北海道に東北六県、関東では意外な?茨城県、そして新潟県である。我々の食卓も胃袋も・・・新潟県を抜きに語る事は難しい。

      日露戦争の傷病兵と森鴎外の「見立て違い」

      現在、農林水産省系の研究所を始め、各県の農業研究機関が「美味い米」の品種改良と販売戦略にシノギを削っている。その出発点を農学の歴史から紐解いてみたい。

      激戦地のマリアナ沖、サイパン島、レイテ沖・・・太平洋戦争末期の1944年(昭和19年)、舞台は新潟県長岡市にあった新潟県農事試験場。高橋浩之が交配したイネの中に農林1号と農林22号の組み合わせがあった。「丈夫で収量が多く、イモチ病に強い」。互いの利点を活かし、欠点を補い合う「理想のイネ」を生み出す試みだった。

      その後、この新品種候補は福井県にあった農林省・農事改良実験所に移され、育種が継続される。そして1945年に生まれたのが「越南17号」、後のコシヒカリである。
      時は敗戦と食糧不足。収量重視の時代背景にあって、新潟県は悩みながらも「これからは食味も重要になる・・・」との判断を下し、県の奨励品種に指定した。
      1956年(昭和31年)に発表された「越の国に光り輝くコメ」、美味い米の代名詞、コシヒカリの誕生である。登録番号は「農林100号」。誕生以来60年、コシヒカリは日本の米の最高品種として食卓に君臨してきた。その後も多くの新品種が生まれたが、アキタコマチ、花の舞い、ひとめぼれ、キララ397・・・コシヒカリの血統を引く子孫も多い。

      米の新たな可能性を切り開く米粉の開発

      1998年(平成10年)、新潟県の黒川村(現・胎内市)に画期的な施設が生まれた。
      それは、「微細粉技術」によって新規米粉を製造する最先端の製粉工場だった。

      これを遡る事7年前の1991年(平成3年)、新潟県農業総合研究所・食品研究センターで江川和徳研究員(当時)が取り組んでいたのが、米を小麦粉以上に細かい粉体とする微粉化技術の開発だった。
      そもそも米は小麦に比べて硬いため、製粉に際してはより高度な技術が求められる。
      日本にも伝統的な米粉(穀粉)はあったのだが、和菓子や煎餅向けが多く、小麦粉の持つ粒度の細かさと品質の安定性は求められて来なかった。だが、輸入小麦(外麦)から作られた小麦粉がパン類や麺類に姿を変えて日本人の胃袋を満たし、同時に米の消費量が減って食料自給率が40%を切る段階になると、これは危機的である。
      コシヒカリ等の良食味米の粒食(炊飯米)だけに頼っていたのでは新潟県の主力産業=水稲栽培も日本の食卓も・・・等しくジリ貧に喘ぐ事になりかねない。そこで新潟県農業総合研究所と江川和徳研究員は新たなミッションに取り組んだ。

      パウダーライスを生み出す技術

      一般的に小麦粉を使って作るパン類や麺類には、粒子の細かくタンパク質や油脂類との親和性が高い性質をもった粉体が求められる。江川和徳氏と県農業総合研究所・食品研究センターが挑んだ研究開発では、原料米(精白米)を水で浸漬する時に特殊な酵素=ペクチナーゼを利用して米の細胞同士を結合している成分を分解する。つまり、製粉工程に入る前に細胞組織を分解し、米内部を粉質化する技術である。

      その後に水切りし、製粉の工程へ。気流粉砕装置(スーパーパウダーミル)内部では高速の気流を発生させる。酵素処理を受けた精白米の粒は製粉機の壁や米粒同士で衝突し、微細粉になっていく(酵素利用粉砕)。この方式は特許も取得している。

      加えて「二段階製粉」の技術も開発された。洋菓子製造には泡立てた卵白にも浮く、軽くて微細な粉体材料が必要・・・そこで精白米を一次加工した後、更に製粉する「二段階製粉」の技術も確立した。まずは「圧偏ロール粉砕」で硬い精白米の外周部に小さなヒビを入れ、その後に(前述の)気流粉砕装置に投入して微細粉にする方式だ。

      2つの新技術を軸に1998年(平成3年)、旧・黒川村(現・胎内市)に、新潟製粉㈱の新工場が建設された。以降、20年以上に渡って日本の「新規米粉」を牽引して行く。

      米粉の新たな可能性を求めて

      新潟県食品研究センターでは民間企業と協力し様々な新製品を開発、米粉100%の米粉麺・・・ライスヌードル、米粉パスタ、米粉ラーメンetc.又、輸入小麦500万t/年の10%を国産米粉で置き換える「R10プロジェクト」、「新形質米」の開発=高&低アミロース米、色素米、香り米、巨大胚芽米、特異タンパク質米・・・更には「新規用途米粉の用途別指標」を作り、製粉企業と米粉実需者に向けた基準を設定し~その後の日本米粉協会の活動基盤を構築~新潟県は今も先駆として国産米粉を牽引している。

      (「国産米粉の優位性分析」報告書~添付コラム  2019年10月2日 byアース・スピリット㈱ 伊藤 修)

  • 2019
    タピオカブームから見た米粉

      今の時代、「次に何が来るのか?」に関しての興味は尽きない。ブーム、トレンド、流行・・・確かに、いつの時代にも「爆発的流行」はあったが、今はIT時代(スマホ時代)。一気呵成に浮上し、成長する巨大マーケットについては・・・これまでの比ではない。

      筆者はスイーツにも飲料にも疎いのだが、2019年に「タピオカ・ミルクティー」が大ブレークした事は知っている。この飲料?の消費者は概ね若い女性たちで、世に溢れる情報の受発信=インスタグラムの主人公、インフルエンサーも若い女性達だった。

      タピオカとは何モノなのか?

      男性はこの手の商品には手を伸ばさないだろうから、「タピオカ・ミルクティー」の原料についても、知見は得ていないだろう。女性達が歩き飲む紅茶に投入される粒状、小球状?の「タピオカ」は、キャッサバイモのデンプンを加工したもの。キャッサバはブラジル原産、人の背丈に育つトウダイイグサ科の多年生木本植物で、イモは根にサツマイモ状に大量に実る。筆者はブラジルでキャッサバを食べたが、甘くないサツマイモの感じで、食事で食べるのにはGood。キャッサバはコロンブスの新大陸到達以降、世界中に広がり、筆者はニューギニアやソロモンでも島民の常食風景を見ている。

      新たな食材が普及する理由とは

      キャッサバは別名タピオカ、マニオク。90%以上は直接の食用だが、一部はデンプン(粉)等に加工され、日本も食品・飼料・医薬品・糊用途etc.の目的で輸入している。「タピオカ・ミルクティー」はまずアジアで流行し、日本に伝播したが・・・原料についてはほぼ知られていない。日本人は「知らぬ間に摂取していた」のである。つまり、小麦粉以外の、「外来のコナモン」が登場した訳だ。そして爆発的に流行し・・・定着するかどうかは別問題として、多くの消費者を獲得した。その要因は何だろう。価格か?飲料とのマッチング?スマホにフィットした?独特のテクスチャー?遊びがあるから?

      タピオカから米粉の未来を見るのも・・・

      原料が知られていないタピオカに比べ、米粉は「由緒が正しい」。使われ方についても「独自の料理・加工品」もあれば、小麦粉に準拠している場合もある。他のデンプン系素材に比べて格段に優れている健康機能性も。タピオカにあって米粉に無いモノとは何か?主食に近いエリアにあればこその「価値ある由緒の正しさ」だが、時に人は「得体の知れなさ、奇妙なテクスチャー」に惹かれるものなのか?だとしたら、米粉も「そのマーケット」に挑むべきか?あくまで王道を歩むべきなのか。妄想は尽きない。

      (「国産米粉の優位性分析」報告書 添付コラム25 2019年11月29日 byアース・スピリット㈱ 代表取締役 伊藤 修/日本米粉協会アドバイザー)

  • 番外編

      “世界の食糧自給・・・今後も
      薄氷を踏み続けるのか?”

      18世紀から叫び続ける狼少年・・・

      イエス・キリストが生きていた頃、世界の人口は2億~3億人だったと推定されている。以来、地球上に人間は増え続け、17~19世紀には5倍の10億人を突破した。21世紀の今、先進国の人口減少を伴いながら、世界人口は60億人を超えている。

      人口増加の推移に関しては既に産業革命期の英国において様々に論じられていた。経済学者のトーマス・マルサス(1766~1834)は「人口論」の中で、「2~4~8~16と等比級数的に増加する人口」と「2、3、4、5と、等差級数的にしか増加しない食料生産」とのギャップに着目、「近未来には食糧不足が人類を襲う」と警鐘を鳴らした。

      そして現代、国連に大きな影響力をもつワールド・ウォッチ研究所のレスター・ブラウン氏も「2030年以降、人類は深刻な試練に向き合うだろう」と危機の到来を予測している。マルサスやブラウン博士の他にも同様の報告をする研究者や専門家は多い。

      彼らは果たして「懲りない狼少年」なのか? 彼らの意見は「無視できる悲観論」の一つに過ぎないのか? だが、「狼の遠吠え」が微かに聞こえ続けていた2011「3.11」に、メルトダウンした原発を知る我々にとっては、食糧問題の「安全神話の虚偽性」や、「想定内の範囲の狭さ」には疑問を持たざるを得ない・・・と言うのが本音だろう。

       

      憂鬱のタネ① 世界の耕地の拡大は限界に・・・

      現在の世界の耕地面積は15億ha。そこから生産される穀物は20億t内外とされる。

      2050年には世界人口は100億人超と予測される。ならば、今の穀物生産量を2倍近くまで増産しなければならない。果してこの数字の達成は可能なのか?

      2019年の夏、アマゾンの森林火災が国際問題に。熱帯雨林を焼き払って耕地化するための「人為的な火災」・・・途上国で耕地を広げるためには森林を伐採して開墾するしか道は残されていない。一方で熱帯雨林は生物多様性の面からも気候の安定や地球エコシステムの維持の面からもこれ以上は手を入れるべきでないとの意見も多い。

      先進国では概ね適地は耕地化され尽くした。アジア等の途上国では、都市化と産業化の中でむしろ耕地は減少傾向にある。そして温室効果ガスによる気候変動の影響も農業に波及。温暖化で作物の適地が移動したり、乾燥化・砂漠化が進行している。

       

      憂鬱のタネ② 酷使される穀倉地帯の土壌

      アメリカ、オーストラリア、ロシア、カナダ、インド、中国、ウクライナ、アフリカ・・・

      耕地は拡大可能どころか、むしろ現在の耕地をどう維持するのか・・・が問題となっている。長年に渡る化学肥料の多投と乾燥化とが土壌中の塩類集積となって、ある時点で「塩害」を引き起こす。浸透圧etc.の影響で濃すぎる土壌では植物は育たない。

      一方で水不足もある。確かに地球表面の70%は水に覆われているのだが、淡水に関しては資源が限られている。農業用水は生活用水や工業用水との競合も激しい。アメリカでは無尽蔵とまで言われた地下水資源「オガラナ帯水層」の枯渇が深刻・・・中国の北部農業地帯を支える黄河は水不足で河口まで辿りつけない、所謂「断流」。

      耕地の浸食(エロージョン)も無視できない。植物の生育に適した表土が風雨によって剥ぎ取られ、流されてしまう現象である。中国の黄土高原はエロージョンの象徴に。その他、過放牧による草地減少、化学物質による土壌汚染、単一品種栽培による病虫害の被害拡大、日本では農業者の高齢化による耕作放棄地の拡大も深刻である。

       

      憂鬱のタネ③ 日本の食料自給率の低下

      一方で日本の食料自給率はカロリーベースで40%を切っている。1960年頃までは80%近くあった数値が半分に。今や日本は「世界一の農産物輸入国」として知られる。唯一自給可能な米、その消費量は60年の間に半減。小麦と畜産用の飼料作物の輸入は爆発的に増加している。日本の胃袋は「輸入依存の体質の上に、薄氷を踏み続けながら辛うじて満腹感を得ている」と言えるだろう。事実、輸入作物を耕地面積に換算すると1200万haを超える。これは日本の耕地面積にほぼ等しい。日本は海外に「もう一つの日本列島を借りている」。だが、もしかして世界の穀倉地帯が異常気象や病虫害で壊滅的な被害を受けたとしたら・・・「狼少年の遠吠え」が消える事はない。

       

      希望の戦略 持続可能な水田稲作の活用、小麦粉から米粉への転換

      1960年代の小麦の急激な反収増加、それに続く稲の反収増加。「緑の革命」と呼ばれる品種改良:農学の勝利と言われる大飛躍があった。「2度ある事は3度ある」と科学技術の進歩に希望を託す人も少なくない。遺伝子組み換えetc.バイオテクノロジーへの期待も大きい。だが、行き過ぎた楽観論は対策を遅らせ、怠らせる要因となる。

      幸いにもアジアモンスーンの地で水田稲作は唯一、連作が可能な持続的農法である。カロリーも栄養素も豊富で多様な食材にフィットする米。大切なのは「米粉」の可能性を探求する事だろう。輸入小麦に占有された「粉体市場」を米粉で奪還する事は米の消費量を増やすだけでなく、小麦の輸入量を削減する。2重の意味で自給率の向上、即ち「食料安全保障の確保」に繋がる道である。米粉が日本のキーポイントである。